track-12-sekikagu 家具インテリア/寝具業界 Leader's voice| track 12 株式会社 関家具

創業以来1期も赤字なし。
社員の発想を大切にしながら発展を続ける社長の情熱

株式会社関家具とヘヤゴト社長対談

2021年10月某日に行なわれた、株式会社関家具・関社長とヘヤゴト代表・宮島との社長対談の様子をレポート。
関社長の創業当時から現在に至るまでのストイックなご経歴から、苦労された経験、またそれを乗り越え辿り着いた「経営の心得13か条」、トレードマークの赤ネクタイについて、さらに経営者として大切にしていることや関家具のブランディング・戦略などについてお話を伺いました。

株式会社関家具 PROFILE

株式会社関家具は、日本でも有数の家具生産地・福岡県大川市に本社をかまえる。全国約3,586店舗のインテリアショップ・家具店への卸売事業を中心に、CRASHGATEやアトリエ木馬などの直営店運営、一枚板の製造メーカーとしてモノづくり事業、ハウスメーカーや工務店などへ商品提供や空間提案を行なう。
「暮らしを豊かに、快適さや心地よさを感じる空間やライフスタイルを提案したい」との思いから、仕入れや供給だけでなく商品の企画・開発に力を注いでいる。お客様のニーズや流行、常に変化し続けるライフスタイルに合わせたオリジナルブランドを多数展開。

(目次)

7年間の修行を経て、たった一人で起業

宮島:関社長のご経歴を教えていただけますか?

株式会社 関家具 関社長

関:終戦3年前の1942年に生まれ、戦後の食糧難を経験してきました。福岡県筑後市に陸軍の飛行場があったことを今でも覚えています。
当時木工所を営んでいた父の会社が傾いてしまい、高校卒業後から7年間は商いの修行をしながら福岡大学の夜間部にも通っていました。
25歳、単独で起業してから社員も1人から2人、2人から3人と増え、現在は518名です。ゼロからスタートして前期の売り上げが195億248万円でした。おかげさまで53年間1期も赤字を出すことなく経営を続けてきました。
紋別市の家具屋さん、沖縄より先の先島諸島の宮古島から石垣島まで3,675軒の小売店への卸業、28店舗の直営店で事業を展開しております。

宮島:素晴らしいですね。一般的に創業当時はなかなか売り上げが上がらずオーナーすら給料を貰えないというのが私の時代の感覚です。1期目、2期目から赤字ではなかった経緯を詳しく教えて頂けますか?

関:結論からいいますと、労働時間は平均16~17時間で、最大19時間労働を10日間続けたことがあります。昭和43年に創業してからおおよそ5年間は続きましたね。睡眠時間の5時間を除いてずっと働いていました。
そして「その日に仕入れた商品をいくらで売ったか」を日次決算で行なってきました。そういった1日1日の積み重ねです。

宮島:千里の道も一歩からですね。18歳から25歳まで商売の修行期間だったとのことですが、家具・インテリア業界でやられていたのですか?

関家具イメージ

関:はい。家具小売業界です。久留米市の小さな家具屋を営んでいる叔父の元で修行をしました。ちょうど前任者が退職したので、私が高校卒業後に入ると同時に仕入れから販売・デリバリーまで全てを任せてもらいました。
3年間ほとんど休みなしで働く傍ら、柔道場に通って黒帯も取りました。その後福岡大学商学部の夜間部に入学して野球部に所属しました。
昼間は就業見習い、夕方に大学の準硬式野球部で練習をやって夜は授業を受けるというフル回転の修行時代で7年間の経験を積み、25歳の時にはたった一人でトラックを買って大川市で起業しました。
久留米なら顧客も把握しており商売がやりやすい。しかし仕事を覚えた土地で商売をすることは道義に反するので、大川市に帰ったという経緯があります。
小売業を経験して「どういうものが売れるのか」ということが分かっていたので、まずは今でいう「茶棚」をメーカーに発注して作っていました。
一般的には、商品を月初に仕入れて月末に締め、翌月末に手形で払いますが、起業したばかりでは信用がないためそうはいきません。「朝に商品を仕入れて、夜には支払うから12時間だけ信用してください」と伝えて、朝仕入れたものをその日のうちに売って現金化するということを毎日やっていました。最初は北九州や福岡の小売店を中心に営業をしてまわりましたね。そして2年目に今の会長がお嫁にきてくれて2人で業務を行なうようになりました。そしてその後1人、また1人と徐々に社員が増え現在は518名になりました。

株式会社ヘヤゴト 宮島社長

宮島:なるほど。鍾乳石のようですね。1年でわずか1㎝も伸びないものが、積み重ねによって立派なつららのようになる。一つひとつの積み重ねで今の関家具さんが成り立っていると。

関:おっしゃる通りです。

宮島:素晴らしいですね。ちなみに修行時代は働いて夜間の大学に通い、さらに野球部にまで所属されたのですか?

関:はい。野球部に所属していました。

宮島:18歳から25歳という年齢は、遊びたいし多感な時期ですよね。しかも高度経済成長という刺激的な時代。「仕事」「学問」「スポーツ」の3本柱でやってこられて、遊びの誘惑に関してはどのように戦ってこられたのですか?

関:高校時代から、とにかく「自分で事業をやろう」という意思が強かったので、遊びたいという感情は全くなかったですね。目標としていることがある程度、形になるまでは、遊びなんていうものには気持ちが向かなかったです。
30代半ば頃から事業をさらに発展させる段階に入り、ある程度社員にも任せることができるようになりました。創業期を経て「経営者」という立場に変わったことで、少しずつ世界を旅するようになりました。それも人が行かないような、タクラマカン砂漠の横断からシリア砂漠、シルクロードはチベットあたりを随分歩きました。また「青年会議所」という活動に参加し、南米に在住する日本人の開拓農家の見学・視察も経験しました。アマゾン川やペルーなど、トータルで世界55か国くらいは回りましたね。

宮島:それはお仕事で行かれたのですか?それともプライベート?

関:アマゾンもシルクロードも完全にプライベートです。お付き合いというか、シルクロードの旅は福岡相互銀行(現:西日本シティ銀行)創業者の2代目である、四島司さんという方が「シルクロード視察団」を20年程続けられていたんです。そこに誘われまして世界中を回りました。

宮島:全然想像がつかないのですが、アマゾンや南米、シルクロードの旅はどれくらいの期間で行かれるものなのですか?

関:だいたい2週間です。仕入れや商品開発、販売、デリバリー、代金回収や支払い、銀行折衝から一切合切を家内と2人でやる時代もあったので、2週間私がいなくても、社員によって会社が回るという形を作るのは夢だったんですよ。
家内も社会奉仕活動を行うライオンズクラブに参加したり、私も青年会議所の活動を欠席することなく10年間過ごしました。20歳までは昼は仕事をしながら夜は柔道場に通って黒帯を取るまで頑張りましたし、何をやるにも全力投球ということです。

関家具の商品

宮島:大川高等学校に通っていたころから「事業をやりたい」と考えており、それが今のストーリーにつながっているのですね。

関:そうですね。背景には、やっぱり両親が家具の製造業を営んでいたというのがあります。製造は小さいころから手伝っていたので、鋸(のこ)や鉋(かんな)の扱いは18歳になるまでに少しは身についていました。

宮島:そういうご両親からのDNAというか、商売に対するお気持ちがあったのですね。

関:でも、はっきり言うと親の事業は失敗したんです。私が高校生の頃には事業を縮小し、職人さんと両親の4人で細々と木工業を営んでいました。
叔父が小売店をやっていた経緯から、今後は製造ではなく「誰かに作っていただいたものを売らせていただこう」と考えるようになりました。

宮島:そうなんですね。私の両親も商売人だったんです。業種は違いますが、約20年前に同じように事業に失敗してしまって。当社の創業が17年前なので、私も事業意欲に関して両親に影響された部分もあります。

関:似たような境遇ですね。

宮島:「両親を助けなきゃいけない」という気持ちの反面「自分の夢」も追いかけたいという状況が、関社長と似ているなと感じました。
家具の販売に携わる以上、購入していただいた方には長く大事に使ってほしい。家具・インテリアの本質は、関社長のご両親のような職人の魂が込められたものだと思います。

関:全く同感です。

経験や苦労を重ねてたどり着いた「経営の心得13か条」

宮島:社長のポリシーや大切にしていることを教えて頂けますか?

関:ホームページにも掲載しているのですが「経営の心得13か条」というものがあります。

※関家具経営の心得13か条
1. 社員への言葉「楽しくなければ仕事じゃない、やりたい事を任す、失敗しても文句は言わぬ、責任は全て社長が取るから思いっ切りやってください」
2. 棺桶に片足を突っ込み、後の片足を突っ込む寸前まで火の魂の様に生きる。
3. お客様満足、社員満足、地域社会貢献の三方良しの精神を旨とする。
4. 健全経営を心掛け、「創業以来53年間赤字なしの経営を連続」これを堅持する。
5. 常に健康増進に努める。酒タバコやらず、毎日早朝腕立て伏せ、スクワット、腹筋運動、逆立ち歩行のトレーニングを継続し、二十歳の体型・スリーサイズを維持、血管、血圧、及び五臓六腑異常なし、骨密度同世代平均比133%を維持。
6. 「怒らず、焦らず、諦めず」の精神を旨とする。
7. 「クールに、ビジネスライクに、感情抜き」の精神でビジネス展開。
8. ミッション、パッション、ビジョン。常に高い志を持って会社経営に邁進。
9. 順境時に驕る事無く、逆境時に乱れ落ち込まず、泰然自若、「夷険一節」を旨とすべし。
10. 経営者は一年365日ハードワーク。
11. 社員の皆さんは社長の先生、社員からの情報及び意見及び提案は会社繁栄の源。
12. 毎年国内及び欧米の主要都市の新しい業態&繁盛店を視察 研修し活かす。
13. 会社を潰すな、油断をするな、危機意識、緊張感を常に持て

関社長と宮島社長の2ショット

宮島:拝見しました。理念ですね。

関:はい。1か条目の”楽しくなければ仕事じゃない、やりたい事を任す、失敗しても文句は言わぬ、責任は全て社長が取るから思いっ切りやってください”というのがありますが、これを1番大切にしていますね。
また、フィジカルトレーニングやメンタルトレーニングを欠かさずやっています。毎朝腕立て伏せとスクワットを150回、そして逆立ちをして歩きます。健康がすべての源です。
それから「怒らず、焦らず、諦めず」そして「クールに、ビジネスライクに、感情抜き」の精神でビジネスを展開するということです。「ミッション、パッション、ビジョン」これも使命感がないとどうにもならないです。
「夷険一節(いけんいっせつ)」という言葉が大好きで、順境時に驕ることなく、逆境時に乱れ落ち込まず、泰然自若、夷険一節を旨とすべし。

そして、社長は一年365日ハードワーク。今でも16時間労働ですよ。
私がこれまで、さまざまな経験や苦労を重ねて試行錯誤し、行きついた結論が「関家具経営の心得13か条」です。

宮島:今でも16時間労働なのですか?

関:自分でものを動かしたりといったことはやりませんが、518名の社員の経歴・履歴・特技・業績を見て、それぞれに電話を入れて状況を聞いたりするなどの仕事は欠かしません。
社員からの情報及び意見、提案は会社繁栄の源。私の座右の銘は「社員は社長の先生である」です。

株式会社関家具のソファ

「会社を潰すな、油断をするな、危機意識を持て、緊張感を常に持て」という13か条目ですが、現場をよく知っている社員は、コロナ禍の前までは国内外、欧米の主要都市に毎年行っており新しい業態や繁栄店をたくさん見ています。うちに入社してから約20年間、ヨーロッパだけでカウントしたら68回も。そこで潰れたところの厳しさを分かっているからこそ、業務において緊張感や危機意識を持った行動につながっています。

宮島:関社長の生き様がポリシーとなり、大切にしていることが会社の理念につながっているのですね。

関:おっしゃる通りです。

40年間変わらないトレードマーク「赤ネクタイ」

株式会社関家具 関社長

宮島:先ほどパッション(情熱)という言葉がでてきましたが、業界の中でも「関家具・関社長のトレードマーク」といえば情熱的な赤色のネクタイが印象的です。こだわりなどを教えていただけますか。

関:この黒シャツ、ジャケット、赤ネクタイのスタイルはもう40年になりますね。
以前、NHKの「家族に乾杯」という番組の取材を受けた時に、この格好で逆立ちをして10mほどお店の中を歩いたんですよ。

宮島:本当ですか(笑)。

関:その頃からこのスタイルなんです。もう約40年これを続けていて、ブランディングというか。目立つことをやろうした結果、これがいちばん目立つと思いました。展示会は社員全員赤ネクタイなんです。頭が悪いので、単純な考えです(笑)。

宮島:いや、そんなことないです。目立ちます。シンプル・イズ・ベストですね。

関:そういうことです。もうシンプル・イズ・ベストです。とにかく目立たないといけないと。商品でも商売でも服装でもとにかく。ある部分では敵も多かったですが、人に迷惑をかけるようなことは絶対やっていないから。

宮島:目立とうとすると、今度は足を引っ張る敵も多くなるわけですね。

関:でも私、足を引っ張る人には非常に感謝しています。引っ張られないようになった時はもう落ち目です。引っ張られている間が華ですよ。表面的には足引っ張られて憎たらしいけど、本心では憎たらしいと思ったことがないです。でも喧嘩もたくさんしてきましたが。(笑)

宮島:私も17年間商売をしてきて、当時この業界には前例のないインターネットを持ち込んだことですごくバカにされましたし、さげすまされました。成果があがってくるとねたみや、陰口を叩かれることもありました。

関:わかります。

宮島:その当時はインターネットが海のものとも山のものともわからない産業だったので虚業だとかインチキだとか言われました。私は、ありがたいという気持ちは正直、その当時は持てませんでした。
今年52歳になりますが、足を引っ張ったりネガティブなことをいう人に関しては腹立たしさがどうしても出てしまいます。
「感謝する」という言葉がさらっと出てくる関社長を尊敬しますし、素晴らしいです。

関家具社内イメージ

関:それこそ、福岡大学に通っていた頃に裁判官の講義を聞く機会があり、その方から処世術を学びました。「妬まれても感謝しなさい」と。また「創業者がいつまでも創業の時と同じスタイルで仕事をするのは駄目。進歩していきなさい」ということなど、大切なことを教えてもらいました。

関:今は社員から教えてもらうのがいちばんですね。だから「社員は社長の先生である」というのが私の座右の銘なんです。足を引っ張られないような若い事業所はものにならないと先生から教わりました。「事業が伸びた先には必ず日本人の妬み、やっかみがあるから。足を引っ張られるぐらいの仕事をしなさい。そして足を引っ張る人には感謝をしなさい。感謝をせず怒っていたら胃を悪くして体を壊すぞ」と。

宮島:社長のおっしゃっていること、ごもっともです。

社員の「やりたい」が経営の要

宮島:創業当時は全国の物流が未発達で卸売業というのは非常に花形産業でした。それが今の時代ではインターネットや物流の変革に伴って、卸売業はどの業界も縮小均衡・成熟産業・衰退産業の業界に位置付けられています。その中でも関家具さんがいち早く小売業に進出されていますね。

株式会社ヘヤゴト 宮島社長

関:今28店舗あります。最初はホールセールにこだわってやってきました。卸で傷がついたりした商品などあくまで卸の補完業務としての小売業です。ホールセラーは小売店の繁栄を手伝うのが仕事。経営の支援・指導などができる力をつけようと社員にも伝えています。
今後バーチャルショップが主流になるかもしれませんが、やっぱりリアル店舗の重要性も感じます。リアルショップとバーチャルショップを上手く融合していきたいです。

宮島:更に関家具さんは製造もやられているのですか?

関:製造は10年ほど前からやっています。当時、時代の変化により衰退した婚礼家具メーカーの社長からお話があり、会社・社員全てM&Aすることになりました。そして「一枚板家具専門ブランド アトリエ木馬」の工場に転換し、製品を作り始めました。
その社長は今や本店の販売でトップの営業成績です。製造に関しては、クオリティを高めレパートリーを広めていきたいです。

アトリエ木馬の製品

宮島:業績不振による廃業や後継者問題。家具インテリア業界も卸売業である製造や木工所が潰れてしまっている現状に手を差し伸べる人たちがいないのかなと。

関:うちはM&Aから丸10年経過しましたが、M&Aをしたことによってメーカーにも喜んでもらえました。M&Aが上手くいった事例ですね。もし本当にM&Aを必要としている会社があるならばやりますよ。

宮島:それを聞いて安心しました。

関:うちは「俺がやろう」という社員がいるならば、すぐに実行します。その木工所のM&Aの場合には、当時25歳の社員が「僕がやる」と言ったことがきっかけです。今はその社員も35歳になり、部長です。
うちの社員はピストルと麻薬以外…つまり法に触れることはやってはいけないが、それ以外は何でも売って良いと伝えています。最近はウィッグ事業もやっていて、カツラが売れていますよ。

宮島:ウィッグ事業もされているのですね。

関:そうです。ピストルと麻薬以外ですから(笑)。そんな大した力はないけど、できることは大いにやっていこうという気持ちは十分あります。ただ、社員に「これをやらないか」といった提案をすることは絶対にありません。社員自らの意思がないと意味がない。上司から「やりなさい」と強制して成功する例はあまりないと思います。

宮島:そうですね。ごもっともです。

関:あくまでも「やる」という社員がいない限りは、M&Aもやりません。

宮島:「人ありき」ということなのですね。

宮島:アトリエ木馬、クラッシュクラッシュプロジェクト(CRUSH CRASH PROJECT)、リラックスフォーム(RELAXFORM)など、さまざまなブランドを展開されていますね。以前はセンベラ、今はエルゴヒューマンなど海外のブランドの販売も手掛けていますが、ブランドを選定するにあたって関家具さんとしてのお考えを教えていただけますか?

関:社員がやろうと言ったらやらせます。

宮島:あくまでもそこなんですね。

関:はい。エルゴヒューマンもそうですし、最近はKolo(コロ)というブランドも社員が見つけてきたんです。1台360万円するのですが、すごく売れています。

エルゴヒューマンのチェア

エルゴヒューマン

エルゴヒューマンは人間工学をもとに腰へのフィット感とサポート感に重点を置いて設計・デザインされた高性能チェア。2005年に誕生。最大の特徴は「独立式ランバーサポート」でユーザーの体格や体重に合わせて常に腰をサポートする機能である。ヘッドレストの高さや角度調整機能、背もたれの位置調整機能、アームレストの高さや角度、スライドの調整機能、座面の位置調整機能、座面昇降機能などの機能を兼ね備え、世界50か国で愛用されている。

Koloのブース型家具

Kolo

「Kolo」は1~4人用のブース型家具。オランダ発のオフィス家具メーカー「KOPLUS」の商品で、シンプルで洗練されながらも角は丸みを帯びた北欧デザインが特徴。遮音性の高い素材を内壁に使用し、室外の音を気にせず静かに過ごせる。さらに静音性に優れた換気ファン・人感センサーや調光機能付きのLED照明搭載・スツールやソファなどオプションアイテムのカスタマイズができるのも魅力。2時間程度の施工で組み立て可能で、オフィス内にミーティングスペースを提供するための家具として注目を集めている。

商品イメージ

又、フィッシングタンスやフィッシングラック、フィッシングボードも売れていますね。魚釣りの釣り竿やリールなどを綺麗に収めるために使います。釣りが好きな社員が18名いて、そこから提案を受けた形です。
「社員が社長の先生である」というのが私の経営の心得の11番目になります。

宮島:組織づくりで失敗されたことはありますか。

関:もちろんあります。今まで私の右腕で会社の発展段階を支えてきた人でも、方針の違いで辞めていったことがあります。
例を挙げるとその当時の幹部は「億単位で儲かっているため、これ以上経営を拡大させる必要はない」という考えが私と合わなかったですね。現状は200億円ほどの売り上げですが、今後は売り上げ目標を2000億円にもっていこうというプランを考えています。

宮島:自ら辞めていったのですか?

関:そうです。どうしても方針が合わないから。

宮島:うちと同じパターンですね。うちは5億円を超えるのがすごく大変でした。周りに聞くと「5億円を超えるのが大変」「5億円を過ぎるとするするっといっちゃうよ」ということで本当に5億円前後だった時代が、しばらく続いていて、6年前くらいに超えたらあっという間に15億くらいになったという経緯があります。

関:そこにおそらく宮島社長の右腕や良い人材が育っているはずですよね。

宮島:もちろん育っていました。しかし先ほど関社長のおっしゃったような、拡大志向を持たずに辞めていく社員もいました。

関:現状維持は駄目だよ。

宮島:結局そういうことなんですよね。僕としては一緒にやっていきたかったのですが。

関:私も同じ気持ちです。人それぞれ、やっぱり個性がありますからね。

宮島:確かにそうですね。

関家具のブランディング・メディア戦略

宮島:サプライヤー(卸売業)側は小売業に比べて控え目な会社が多い印象がありますが、関家具さんはかなりメディアに露出されていますよね。たとえばドラマへの美術品の提供や、福岡PayPayドームの広告・雑誌。このインタビューの前にもテレビの取材を受けておられました。メディア戦略の意図や会社として訴求していきたいことなど、本質的な部分を教えてください。

関社長と宮島社長の2ショット

関:本質的な部分はやはり「顧客満足」「働く社員満足」「地域社会貢献」です。これを実現するためには会社の知名度を高くすることが必須だと考えています。
さらに、今後良い人材を採用するためにも会社のブランディングが必要です。ブランディングをするためには良い意味で目立つこと。「目立たないと事は始まらない」というところからスタートしました。

宮島:なるほど。実は私もどちらかというとお祭り好きなので目立つ方が好きなのですが、新参会社だったので控え目にしていた部分があります。

関:もう控え目は卒業ですよ。

宮島:すごい自信をいただきました。ありがとうございます。

宮島:ホームページの代表メッセージの中で、年商を10倍の2000億円にするとありますが、戦略的な部分を教えていただけますか?

関:社員がやりたいことをやらせます。法に触れること以外は何でも良いとすると、今からM&Aの機会はたくさん出てきます。

宮島:間違いないです。

関:2000億円どころかきちんとやれば2兆円、3兆円も決して夢ではないです。2000億円もあくまで通過点と考えています。一挙にうまく波に乗れば、リスクとの絡みや計算をする必要はありますが1兆円や2兆円も十二分に可能です。

宮島:私も同感です。

関:最近、住宅産業も始めました。すでに注文も受けて何棟も作っています。これも社員かららの提案です。私の経営者としての楽しみは、社員が何を提案してくれるのかを待っていることですね。M&Aのお話は今でも山ほど来ていますが、社員が提案してこないので手を出していません。

商品イメージ

宮島:なるほど。ソフトバンクの孫社長はM&Aで会社を大きくした例ですね。孫社長は佐賀県鳥栖市出身の方ですが「ユニソン・ワールド」という会社を福岡のマンションの一室でスタートしています。当時採用したアルバイトの前でひっくり返したみかん箱の上に乗って「将来は売り上げを豆腐のように1兆、2兆と数えられるようにする」と。

関:あの人はスーパーマンだけどね。とにかく、一歩一歩積み重ねていけばチャンスが巡ってきます。だから1000億円というのはとても小さいし、2000億円も控えめすぎるくらいです。十分、勝算はあります。

宮島:「大義名分」という言葉がありますが社長でいう「ドリーム」と「ビジョン」そして「パッション」も含めて、ご自身で目標とする売上額はいくらですか?

関:言うなれば無限大というのが正確なところです。ポイントは社員が「この会社に生活をかけても大丈夫だ」と心から思ってもらうということです。一歩一歩を重ねていく。これが正直なところです。1兆円や2兆円といった孫社長のようなことも決して不可能ではないです。

宮島:同じ人間ですもんね。もちろん運・不運はあるにしても、やろうという心構えや心意気はみんな共通じゃないですか。

関:会社の年表を作成したときに「自走式経営」と書きました。社長を抜きにして自分たちで走る力があれば社員自身が方針を決めて安定的に経営することができます。私はそこをしっかり見届けていきたいですね。年表にも「120歳になるまでは社長をやる」と書きました。

宮島:社員からの提案でも事業として成り立たなかったり損失につながることもありますよね?そういう場合はどうアドバイスされていますか?

関:「やってみ」と伝えます。

宮島:それでも言うのですか?黒字化しろということですか?

関:うん。それでも。黒字は当然のことだけど、結果赤字になったということで文句を言ったことは一切ないです。

宮島:関家具として、家具・インテリア業界に対する要望や想いを教えてください。

関:家具業界というよりも、家具は永遠不滅ですからね。希望をもってやっていけば必ず明るい世界が待っています。

お客様の声に徹底的に向き合い、顧客満足を求める

宮島:お客様に伝えたいことはございますか?

関:とにかく、ニーズや*シーズ、やってほしいことを大いに述べてほしいです。

宮島:お客様がですか?

シーズのイメージ
ビジネス用語の基礎知識

シーズ:ビジネスにおける「種」のこと。企業が持つ独自のノウハウや技術力・素材・企画力・アイデアなどを指す言葉。顧客視点での商品開発がニーズを重視するのに対し、生産者志向の商品開発ではシーズが重要視される。シーズを元に商品やサービス開発することを「シーズ志向」「シーズ発想」などという。

関:はい。「こういう家具屋でいてほしい」「こういう商品を作ってほしい」という顧客の声に徹底的に向き合って、顧客満足を求めていけば企業は必ず続くと考えています。

宮島:では、最後にこの業界を目指す学生や若いビジネスパーソンにメッセージをお願いします。

関:来春入社予定の新卒社員で東北の大学を出た子がいるんです。東京・大阪・名古屋など主要都市がある中で九州のうちに就職を希望してくれて、ありがたい限りです。

宮島:東北出身で九州に就職とはなかなか考えにくいですよね。すごいですね。

関:そう。デザイン力があり非常に優秀な子で。今後は新卒はもちろん、こういった一芸に秀でた中途採用にも力を入れたいですね。

宮島:だいたい新卒は何名くらい採用しているのですか?

関:10名~20名ですね。2年前に入った社員はCGの技術で素晴らしいものを開発してくれました。そして「社長、もうスタジオは作らなくていいです」と言うので「どうして?」と聞くと「CGでも十分できます」と。当初5億円かけてスタジオを作る予定でしたが、この子の技術があれば家具を撮影する為のスタジオは要らないと学びましたね。これも「社員が先生である」です。

宮島:それは間違いないですね。今はグラフィック技術、半端じゃないですからね。

関:でもバランスが大切で、リアルなスタジオも必要です。ショップもリアル店舗とバーチャルショップどちらか片方ではなく、うまく融合させていきたい。売らないリアルショップをつくっているところもあるようですし。そういった発想を大事にして、恐れずにチャレンジしていって欲しいです。家具業界は前途洋々なので、大いに目指してほしいですね。

関社長と宮島社長の握手

住生活を豊かにする家具の情報をみんなに共有しよう!