track-11-asahi 家具インテリア/寝具業界 Leader's voice| track 11 株式会社アサヒ

ものづくりを通じてお客様のお困りごとを解決し続ける会社 株式会社アサヒ

株式会社アサヒ専務とヘヤゴト社長対談

2021年7月某日に行なわれた、株式会社アサヒ・小埜専務とヘヤゴト代表・宮島との社長対談の様子をレポート。
小埜専務が苦労されながら乗り越えてきたこと、小埜専務がものづくりをする上で信念としてかかげていること、家具の産地・日田市の歴史、ソファのこだわりの仕様などについてお話を伺いました。

株式会社アサヒ PROFILE

株式会社アサヒは本社を大分県日田市にかまえ、人と地球環境に配慮した素材で良質な家具づくりを行なう。昭和21年3月、大分県日田市に朝日ロクロ工業所を設立したのがスタート。昭和32年、日田市小迫町にて個人創業した「アサヒ」が誕生した。丸盆作りの技術を生かして丸座椅子の生産を開始し、業績を拡大した。
国産家具認定事業者で、お客様に安心してもらうために3年間(但し製品による)の品質保証を設けている。
「人にやさしい、暮らしにやさしい」をコンセプトに、製品に使われる木材・張材・塗料や接着剤に至るまで、本物の安全安心を追求し厳選された素材で、人にも環境にもやさしいものづくりを行なう。

(目次)

お客様の「不」を解決し続ける会社でありたい

宮島:小埜さんとは12~13年前ほど前にマレーシアでお仕事をご一緒させていただきました。現在は専務取締役に就任されたということで、株式会社アサヒさんに入社されてからこれまでのご経歴を教えていただけますか?

株式会社アサヒのショールーム外観

小埜:私は、大学を卒業してすぐに株式会社アサヒへ入社しました。本社は大分ですが、半年程は工場のほうで研修をして、その後は営業業務を担当しています。宮島さんとマレーシアでお会いしたのは、川崎の営業所に赴任していた頃でした。大手量販店さんや百貨店さんといった販売の最前線で学んだ後に、専務になりました。

宮島:入社されてから、苦労されたことや良かったことなどのエピソードはありますか?

小埜:そうですね。今も鮮明に覚えているのは、今から10年前の専務になってまだ2、3年目の頃ですね。今はもう元気でピンピンしているのですが、社長が脳出血で倒れてしまいました。私自身まだ社長業には程遠い立場の中で、何とか会社を前に進めていかなければならないという状況になり、毎日本当にもがいていたなと。その時に強く粘ることができたという経験が今に生きています。

宮島:当たり前が当たり前じゃなくなり、自分の仕事環境やポジションがガラッと変わると、さまざまな気づきがあったのではないですか?

小埜:そうですね。それまでは何でも聞くことができる環境にあり、すこし甘えていました。

宮島:甘えですか。

小埜専務と宮島社長の2ショット

小埜:はい。甘えがありました。なにも聞けない状況になりましたし、少なからず融資も受けていたので、そういったやり取りなども全て自分がしなくてはならないという。まだ今は専務ということで勉強の身ではありますが、精進していきたいと思います。

宮島:大変な状況の中、会社の成長のためにも、自己成長のためにも良い方向に向かっているようですね。会社名についてですが、「株式会社アサヒ」さん?「株式会社朝日木工」さん?

小埜:両方あります。もともとの母体が「株式会社朝日木工」で、製造の会社として創業しました。そこから昭和51年に販売の会社として「株式会社アサヒ」を設立しました。

宮島:今は株式会社アサヒさんの専務取締役という流れですね。

小埜:はい。そうですね。株式会社朝日木工の役員も兼務しています。

宮島:先ほどのようなエピソードから、またご自身も年齢を重ねていく中で、専務取締役として大切にされている信念やポリシーといったものはありますか。

小埜:最近強く感じるのは、お客様の「不」というのでしょうか。不満や不足といった不快、少し足りないな、と感じられている部分を解決したいですね。こういった欲求を満たせるのであれば家具でなくても良いのではないかなというのを個人的には感じていまして。ただ、ものづくりの会社としてそういったお客様のお困りごとを解決し続ける会社でありたい、それが私自身のポリシーでもあり、社内でも頻繁に話をしています。

株式会社アサヒの成り立ち~農家から家具製造業へ

小埜専務と宮島社長の2ショット

宮島:御社の成り立ち、歴史を教えていただけますか。

小埜:創業は昭和21年です。戦後まもなく、祖父が大分県の日田市内で創業しました。
戦時中に北九州市の軍需工場が日田市へ疎開しており、終戦して軍が引き上げるときに機械などを民間に払い下げしていました。そこでうちは、コマや丸盆、馬車やろくろの機械で馬車の芯を作っていた機械を購入しました。いわゆる、木を削るような機械です。

宮島:もともとは「家具製造業」ではなかったのですね。

小埜:その前までは農家でしたね。
ちょうどそのころは大分県日田市という土地が、飯塚や大牟田などの炭住という炭鉱住宅街で、住宅の家具の需要が高く、家具製造業に移行した際には一気に業績を拡大していきました。

宮島:炭鉱で産業が栄えたエリアなのですね。当時は、ソファというカテゴリーは時代の背景上なかったと思うのですが、メインに作られていた商品は何だったのですか?

小埜:椅子ですね。丸盆に足をつけたのが、椅子の始まりでした。

宮島:背もたれがないやつですね。丸くて脚が脚立のようにでているような。提供していたのは椅子のみですか?

小埜:その当時はそうですね。

宮島:丸椅子からスタートして現在ソファをメインで製造されていますが、どのようないきさつでそうなったのですか?

小埜:当時は北九州に職人さんやメーカーさんが多かったため、日田地区へお招きして、現在のソファの原型であるスプリング付きソファを作り出したというのがスタートです。

宮島:御社の企業理念をはじめとした特徴や、他社にないような強みを教えていただけますか?

小埜専務と宮島社長の2ショット

小埜:「ものづくりを通じてお客様のお困りごとを解決し続ける会社」が企業理念です。
祖父の時代からある「誠実・奉仕・友愛」という社訓を社員で唱和して仕事をスタートさせています。
「誠実」はものづくりに対して誠実に、お客様に対して正直であること。
「奉仕」というのはものづくりを通してお客様に奉仕する。
「友愛」はお互い愛せよ、愛情があればすべては円満に解決する。
人と人との接点が希薄になってきている中ではありますが、先代が考えてくれたものが今も脈々と生き続けています。

宮島:素晴らしい言葉、理念です。それが御社の製品に反映していっているのですね。

小埜:ものづくりに関しては、本当に真面目に取り組んでいます。お客様から「もうちょっと安くできないの」などとお叱りを受けることもありますが、そこは正直に、ものづくりをする上で「認めていただいたお客様に長く使っていただきたいな」という気持ちで仕事をしています。

宮島:こだわって作っている製造業の立場としては「誠実・奉仕・友愛」という言葉に沿って適正な価格である、ということでしょうか。

小埜:はい、そういう意味もあります。自社ブランドの商品もありますし、近年では高級品を販売されているメーカーさんの製造をうちで請け負っています。私たちのものづくりに対する真面目な思いを、理解し認めてくださっている方々と商売をさせていただいていると感じています。

宮島:OEMを受けているということですね。

ビジネス用語の基礎知識
OEMのイメージ

OEM:「Original Equipment Manufacturing(オリジナル・エクイップメント・マニュファクチャリング、またはマニュファクチャー)」の略語で製造メーカーが依頼を受けて”他社名義の製品”や”他社ブランドの製品”を製造すること。また「その製造をするメーカー」を指すこともある。

素材へのこだわり

株式会社アサヒのソファ

宮島:御社のホームページには「人にやさしい、そして暮らしにやさしい」をコンセプトに掲げていますが、このあたりのお考えを詳しく教えていただけますか。

小埜:人や環境によりやさしい素材、環境に負荷のない素材やリサイクルできるような素材を、これからも探して使い続けていきます。
コストアップになるかもしれませんが、ただ家具を作れば良いという風には考えておりません。その中で、今ホームページを見ていただくとヴァイオリンを掲載しています。

株式会社アサヒのヴァイオリン

宮島:楽器のヴァイオリンですか。

小埜:はい。楽器のヴァイオリンを掲載しています。このヴァイオリンは、うちで乾燥した杉材で作りました。ヴァイオリンにも使えるような素材を使用して家具づくりをしています。ホームページでは、実際にヴァイオリンの音色も聴くことができます。
飛騨高山の某メーカーさんでも楽器を作られているのですが、うちはまた違うアプローチですね。「世界中で例がそれほどないので杉でやってみましょう」と。
木目には、すっきりとした印象の「柾目」と年輪を感じる力強い印象の「板目」があり、これまでヴァイオリンの多くは「柾目」で作られてきました。それを今回はうちの「板目」を使用し、ヴァイオリン職人さんに作っていただきました。

曲がった杉の木と切り出された杉材

宮島:杉以外の素材で扱っている原料はありますか。

小埜:多いのがオーク材、ウォールナット材、あとはホワイトアッシュ材ですね。
杉材を使いだしたのは15年程前からです。本社がある日田市は周りを見渡せば杉山だらけで、何百年採り続けてもなくならないくらい森林の量があるのに、当時は家具に全く使っていませんでした。杉特有の「柔らかさ」や「反り」とった問題もあり、家具として使うにはハードルの高さもありましたが、自社独自の乾燥方法から研究して製品化に成功しました。

宮島:杉の原料の調達は国内で、輸入物に頼っていないのですか?

オーク、ウォールナット、ホワイトアッシュ左からオーク、ウォールナット、ホワイトアッシュ

小埜:そうです。ウォールナットとホワイトアッシュは輸入ですが、杉に関しては地元の日田市の製材所さんから調達しています。

宮島:大分の山で採れた杉が御社の商品に形作られており、一部はヴァイオリンという楽器にも。原料調達から製品加工まで、商品に付加価値をつけながら形を変えていく。珍しいですよね。

株式会社アサヒの取扱商品

小埜:当時は輸入木材のほうが簡単に購入できたかもしれませんね。今はウッドショックもあり、杉に関しては、全てではありませんが安定供給ができるような状況につながった点ではよかったなぁと思います。

杉林

宮島:経営する上でどうしても輸入にシフトしていくメーカーさんが多い傾向にありますが、御社は創業時から現在に至るまで、大分の杉を活用してやってこられたのですね。

小埜:多くのメーカーさんが海外に生産拠点を移動したときも、当社は微塵も検討しませんでした。周りから「今どき海外にいかないのは時代遅れだよ」と私だけでなく社長もずいぶん言われたようですが、今となっては正しい選択でした。

小埜:私自身も家具インテリア製造には関わっていきたいですが、形や製造は時代に合わせて変わっていくと思っています。未来の生活様式を想像しながら今何をするかということが大切ですね。笑われることもありますが「ソファの座る機能さえあれば形にとらわれなくても良いのではないか」といった少し変なことも考えたりしています。物事を考える視点を未来において、これからも仕事に取り組んでいきたいです。

株式会社アサヒのテーブルとチェア

宮島:「未来の創造のために今がある」すごく魅力的なお言葉ですね。
家具インテリア業界のみならず、日本はものづくりが得意な国。かつては数々の製造業の立場としてのチャレンジがあり、イノベーションを起こしてきました。
確かにソファは、「この形でないとだめ」なんて誰も決めていないですよね。そういった意味ではソファというカテゴリーに新たなイノベーションを期待しています。

株式会社アサヒの取扱商品

ビジネス用語の基礎知識
ウッドショックのイメージ

ウッドショック:コロナ禍で木材を伐採する労働者が減り木材が減少した一方、アメリカや中国ではリモートワークの普及で郊外での建築ラッシュが起こった。これにより需給バランスが崩れ、木材の価格が高騰。さらにネットショッピングの利用増加で世界的に流通が圧迫され、コンテナ不足により日本に十分な量の木材が輸入できない状況が続いている。

「もの」よりも「こと」を売るビジネスモデルへ

株式会社アサヒの取扱いソファ

宮島:御社のハイバック系の背もたれの高いソファは、お客様のニーズに合わせて作ったものか、先ほどのイノベーション未来の創造に時代がついてきたのか、どちらの考え方でしょうか?

小埜:ハイバックソファに関してはお客様のニーズに合わせてきたという方がまだまだ強いのかなと感じています。関東で販売させていただいているものも、8割方ハイバックタイプが多いのかなという印象です。

宮島:昔はソファのカタログにハイバックタイプは存在しなかったですよね。

小埜:そうですね。昔は商談のためやお客様をもてなす応接ソファが主流でしたが、現在はご自身で購入して自宅でくつろぐためのものに移り変わってきたところがありますね。

宮島:いつぐらいからハイバックタイプに火がつき始めたのでしょうか。

小埜:14~15年程前からでしょうかね。ちょうどバブルも弾けて、少し疲弊した中で家庭に癒しやくつろぎを求めるようになってきてから、家の役割が変わってきたのかなと感じますね。

宮島:ソファの座る部分の布や皮の素材に関するこだわりはありますか?

小埜:全てのソファで、スプリングの上を最低でも3層構造にしています。固いウレタンから柔らかいウレタンまでさまざまな素材を入れ、最終的に座る部分は柔らかいウレタンを入れるといった工夫をしています。見えなくなる部分なので簡素化できないかという話もありますが、コストアップになったとしても、耐久性や座ったときに長時間くつろいでいただけるような内部構造にこだわっています。

宮島:中身によって座り心地は変わるものですか。

小埜:はい。ウレタンの固さを私たちは「比重」と表現しますが、比重の使い方によって座り心地は変わります。表面の張地に関しても、自社で縫製しています。同一商品でファブリックをお選びいただいたり、革をチョイスしていただいたり。お客様のご要望に応じて対応できるのもひとつの強みです。

宮島:デザインを変えずに、座る部分の生地の素材を変えられる。セミオーダー形式ですね。

小埜:今はもう時代の流れで、受注生産が多いです。

宮島:注文を受けてからどれくらいで供給できるのでしょうか。

小埜:地域にもよりますが、3週間から1か月で納品させていただいています。

宮島:商品の供給の仕方まで細かく設定されており、「もの」そのものを売るというよりも「こと」を売っているといいますか。

小埜:「もの」だけを売っていると本当にコスト競争になってしまいますからね。その競争はやめようと思いました。

株式会社アサヒのテーブルとチェア

宮島:悩まれた時期があったのですか?

小埜:先ほどお話した、工場を海外に移すか移さないかといった時期ですね。

宮島:日本の歴史を支えてきたメーカーさんのあるべき姿が、御社のビジネスモデルなのだと非常に勉強になりました。

「九州一の家具工場」を目指して

宮島:小埜専務の考える、たとえば先程の 「ソファは形にこだわる必要がない」という部分だったり、ほかにも戦略的な部分も含めて何かビジョンはありますか。

小埜:「九州一の家具工場」を目指していきたいということですかね。その目標を成し遂げて何を実現したいかというと、社員さんの待遇改善です。どうしても木工業はほかの似たような製造業とくらべて遅れをとっています。「九州一」というのは売り上げだけではなくさまざまな要素がありますが、まずは社員さんの待遇改善を実現させたいです。

宮島:座ることに関して椅子やソファだけでなく、テーブルや収納系なども含めていちばんになりたいということでしょうか?

小埜:そこはもう柔軟に、ソファでNo.1になりたいとか収納系でNo.1になりたいとかではなく、お困りごとが解決された先に「九州一の加工業」を目指せるのかなというのがありますね。何を作っていても「ものづくり」をしているという強みだけは生かしていきたいです。

宮島:その言葉が本当に専務の中のものすごい強みになっているのかなと感じます。ものづくりに対するブレない軸が垣間見れました。

小埜:入社した当時からそう感じていたいたわけでもないですし、苦労したり傾きそうになった時期もありましたが、ものを想像できる能力を持ち続けていかなくてはいけないなというところに行きつきました。

宮島:後継者がいないことに対しての事業継承に対してはどうお考えですか。M&Aなども視野に入れていますか?

小埜社長と宮島社長の2ショット

小埜:正直そういったお話も何件かいただいています。うちの場合はどちらかといえば3、40年前からM&Aをしてきた方ともいえます。ソファだけの製造をしてきた中で、テーブルや炬燵を作るノウハウがなかったので、製造工場さんにご縁があって、うちのグループの傘下になったという経緯があります。自社で製造している炬燵のお布団も、もともとは布団工場さんでしたし、運送会社さんもM&Aでした。当時はあまり大っぴらに言って回るようなことでも、というのがありましたが、今ではやっていてよかったと思います。

宮島:業界に対する想いは何かありますか?

小埜:私たちの父の世代では、各社、各地域、各産地がそれぞれ力をもっていて協業体制や協力体制は支持してこなかった部分がありますが、今は産地の垣根を越えてやっていく必要性があります。産地間競争ではなく、個々のものづくりを残していくために一番良い選択をしていくべきだと感じています。

宮島:業界の裏としては産地競争ってありますよね。

小埜:昔に比べればなくなってきましたが、私たちの世代が台頭していかないといけないですね。日田市には日田家具工業会というものがあり、こぢんまりとした工業会ではありますが団結力があり特色もあります。うちみたいにソファを作っているところもあれば、特注家具を作られているところ、箱ものを作られているところなど、各社さまざまな製品を作っています。もともと日田自体はネットで検索しても出てこないような産地でしたが、少し知っていたら各産地として出てくるような活動をしているところがあります。こういった活動を大切にしていきたいです。

宮島:お客様にどのようなことを伝えたいですか。

小埜:こんなに正直にものづくりをしている会社があるのだなということを知ってもらいたいです。最近ではInstagramを毎日更新しているのですが、DMで「こんなのを作っていることを知りませんでした」「買いました」といったお言葉をいただけるようになったのです。ものづくりに正直に、1メーカーとしてではなく、面白いことをしているメーカーがあるんだということを、さらに知っていただきたいです。

宮島:従来の家具業界は伝統産業のように見られ、若いスタッフが集まりにくいという課題がありますが、近年では新たな市場を開拓している家具小売店さんも増えてきました。
そのような中で、創業当初から一貫して国産の原料を加工して製品化し「日本のお客様の不満や不安の解決をする」という強い思いを持った御社が、この業界を目指している学生さんやビジネスパーソンに伝えたい一言をお願いします。

小埜社長と宮島社長の2ショット

小埜:20代の若い子がうちのことをリサーチした上で入社を希望していました。
車を作るとなるとなかなかハードルも高くなりますが、家具の場合はある程度強度さえきちんとしておけば、デザインは自由自在な部分が多いです。そういう部分では入りやすい業界なのかなというところはあります。
一見3Kと思われがちな現場ですが、実際の現場では「ものづくりの楽しさを入ってみて初めて知った」「こんなに楽しかったのか」といった声を聞きました。

宮島:「ものづくりとデザイン」というさまざまな角度のボーダレスな部分を若い方たちに実現していこうということですか?

小埜:芯の部分は「ものづくり」というところですね。

宮島:ものづくりに対する熱い想いが伝わりました。原料からなにから、本当にメイドインジャパンですよね。改めて、ものづくりの原点がよくわかりました。本日は本当にありがとうございました。

小埜専務と宮島社長の握手

住生活を豊かにする家具の情報をみんなに共有しよう!