track09-naganointerior 家具インテリア業界 Leader's voice| track 09 ナガノインテリア

長年の減収・赤字を黒字体質にカイゼン
価格に走らないブランド力で150年企業を目指す

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2019年12月某日、ナガノインテリア永野社長とヘヤゴト代表・宮島との社長対談の様子をレポート。永野社長が入社前から続いていた会社の減収・赤字体質の改善に取り組んだお話、3代目社長としての役割、会社と社員に対する思い。さらにメーカーでありながら直売ショップを運営する理由など、多岐のテーマでお話を伺いました。

ナガノインテリア工業株式会社 PROFILE
ナガノインテリアのロゴマーク

福岡県朝倉市に本社を置く1946年創業の家具メーカー。主要製造品目はソファやテレビボード、ダイニングセット、シェルフなど。福岡県は家具産地・大川に代表されるように家具メーカーが多く、ナガノインテリアでは国内の自社工場で熟練の職人が一貫受注生産で家具を製造している。

福岡から仙台の主要都市に6つのショールームを展開。現社長は3代目で、実弟の副社長と兄弟経営を行なっている。

(目次)

イギリス留学、他社での修行を経て、入社した家業は…

宮島:永野社長は現在44歳とのことで、脂がのって仕事がおもしろい年齢じゃないかと思うんですが、まずはこれまでのご経歴を簡単にお話しいただけますか。

永野:大学在学中は並行して夜間の専門学校に通い、卒業後にイギリスに1年留学、帰国後はハウスメーカーに1年勤務しました。ナガノインテリアに入社したのは24歳、1999 年のことです。商品開発部所属からはじまり、そこを基点に工場カイゼンに努めました。2010年に父の跡を継いで3代目社長に就任し、現在に至ります。

宮島:大学と専門学校の両立は大変だったでしょう。専門学校やイギリスへの留学は、やはり会社を継ぐことを見据えてのことですか。

永野:大学進学までは敷かれたレールに従っていたというか、あまり深く考えたことはなく、会社を継ぐことを意識しだしたのは大学3年生になった頃でした。入社後は商品開発がしたい気持ちはあるものの、その下地になることを大学で何も学んでいないなと思い至り、夜間のインテリアデザインの専門学校に通わせてもらったんです。当時は家具に特化した学校や学科がなく、インテリアデザインがベースの授業で、入学前は「デザイン=ゼロからの創造」というイメージを抱いていたんですが、教壇に立つ先生の話を聴いて「あ、想像と全然違うぞ」と。

宮島:そこには、色々ロジックがあったと。

永野:そうなんです。ものを見て「これはかっこいい」「これはダサイ」だとかを感じることはできても、それの何がいいのか、何が悪いのか分からないことが当時の自分の悩みでもありました。そこへきてデザインのロジックや歴史などを教えられ、衝撃を受けました。それから「もっと勉強せねば」という思いが強くなり、大学卒業後にイギリスへ留学させてもらって。14世紀から20世紀初頭のヨーロッパの建築やインテリアの歴史を学んだんですが、教科書と、現存する現場・現物の両方から学べたことが非常に良かったと思っています。1年だけとはいえ、今の自分のベースを作り上げた貴重な時間です。

宮島:留学や他社さんでの修行を経て、24歳で御社に入られて、最初から希望の商品開発に携わることになったんですか。

永野:そうですね。(商品開発に)専念というわけではありませんでしたが。というのも私が入社する前、1992年頃から我が社は減収が続いていて、入社した時には赤字状態だったんですよ。まだ若かったので、その辺りを深く理解できず商品開発に努めていたんですけど、入社3年も経つと「今のままでは会社の赤字体質は変わらない」という現実が見えてきた。当時、先代社長である私の父や経営幹部陣から「バブルの頃に戻ろう」という声が挙がっていたんですけど。

宮島:バブルの頃に戻るとは、具体的にどういうことですか。

永野:バブル期の我が社は、少品種・大量生産方式が非常にうまくいっていました。いくつかのヒット商品がバンバン売れて会社が成長していた時代です。父たちは「あの頃のようにまたヒット商品を出そう」「ヒット商品がないと会社は良くならない」と考えていたんですね。その考え方自体は現在でも変わらないでしょうけど、バブル期と今とでは時代も状況も大きく異なります。そんな中で当時と同じことができるとは思えなかった。「売上さえ上がれば会社は黒字化する」という言葉も、部門別の収支表などに目を通すようになってからは、疑問に感じてしまって。我が社の赤字体質には、何か根本的な問題があるんじゃないかと。

宮島:バブルの頃の組織構造や商品構成、販売チャネルといったものが成り立たないとお考えになっていたわけですね。

永野:1992年から17年連続の減収になり、赤字体質は97年から2009年まで続きました。そんな状況でしたから、ビジネスモデルや組織構造はもう陳腐化していて、自分より社歴の長い社員からネガティブな言葉を直接言われたこともありました。ですがそれもある意味正論でしたし、今となってはその経験も自分の財産になっています。

宮島:先代がお父上ということは、御社の創業者は社長のお祖父様ですか。創業時から家具製造でずっとやって来られたんでしょうか。

ナガノインテリアの創業者 永野良蔵氏

永野:ええ、そうです。私の祖父の永野良蔵が1946年にナガノインテリアを創業しました。と言っても戦後間もない頃はライフスタイルも何もないような時代ですから、祖父がターゲットにしたのは民間ではなく公共、学校の図書館などに書棚を納めていました。ソファやテーブルを作るようになったのは1950年代後半からです。60年代に公団住宅がバーッと増えて、日本人の暮らしの洋風化が進んだことも影響していたと思います。祖父は職人としての腕前だけでなく、大量生産に対応した技術革新に秀でた、家具業界の近代化をけん引した人物でした。終戦直後の創業と、いち早い工業化によって、ナガノインテリアを業界トップクラスのメーカーまで成長させました。その後は国内外のメーカーとの競争の激化やオイルショック、バブル崩壊など山あり谷ありでしたが。

宮島:会社の長い歴史の中でいちばんの苦境は、やはり1992年以降の減収・赤字の時代ですか。

永野:そうですね。バブル崩壊後の後遺症も癒えないまま、グローバル経済や消費の多様化、デフレなどさまざまな環境変化の嵐がやってきました。先ほども申し上げましたが1992年から減収、97年から赤字に転落し、それが2009年まで。さらに組織も高齢化し、会社がもっとも厳しい時代でした。それこそ、リアルに「失われた20年」を私は経験しているので、2010年に父から事業継承したあとも安心はなく、危機感と緊張感を持って経営しています。

経済用語の基礎知識
不景気のイメージ画像

失われた20年:1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、日本の経済成長が停滞した約20年間のこと。1991年から2010年の日本の名目経済成長率は年0.5%と極めて低い(※アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスは年3~4%台)。
就職氷河期やフリーターなどの名称に象徴されるように、若年雇用の喪失や非正規雇用労働者の増加が続き、2000年度以降は消費者物価指数の下落が顕著となり、経済のデフレーション傾向が強まった。
失われた20年間の経済的損失は、株式時価総額が400兆円弱、不動産が1100兆円以上と試算されている。

宮島:永野社長が経営者として重視、大切にされていることは。

永野:社長になるずっと前から持ち続けている信念は「諦めない」「継続は力なり」です。凡人が発揮できる唯一の才能であり、最大の強さです。その過程で重要なのが、自分の心に嘘をつかないこと、素直であること。これがないと行き詰まるし、ご縁や運にも恵まれない。つまりは、継続性が保てなくなる。できること・できないこと、やること・やらないこと、関係あること・関係ないこと……なるべくハッキリ分けて、ムダなく遠慮のない道を歩むしかない。3 代目の使命感をもって次世代に引き継げるよう、堅実に誠実に経営していく。そのためにはうちの社員やお取引先様を含めた周囲の方達と支え合い、信用と感謝の気持ちを忘れずにいようと思っています。

入社から4年、赤字体質の「カイゼン」に取り組む

宮島:減収・赤字から脱するために、社長が改善に乗り出したのが2003年頃から。どういったことから始められたんでしょうか。

永野・宮島 両社長

永野:生産部門からも営業からも「ヒット商品が出ないと会社は復活しない」と言われていました。つまりは「商品開発にすべてがかかっている」、突き詰めれば「(商品開発ではない)自分たちには関係ない」というスタンスで、いやいやそれはおかしいだろうと。工場に問題があることは部門別の収支表を見ても明らかでしたから「ヒット商品を生み出すことよりもまず工場の生産性を上げることが急務だ」と、商品開発部に身を置きながら、2004~2005年頃からそちらの改善に取り組みました。
ただ、工場に問題があると認識している社員や幹部が当時はほとんどおらず、全員がヒット商品ありきの考え方だったんですよね。

宮島:みなさん固定観念にとらわれてしまっていた。

永野:そうですね。だからそういう部分では既存の社員だけでは改善は難しくて、外部のコンサルタント会社から指導を受けながら進めていきました。ちなみに現在その方はうちの社外取締役ですよ。

宮島:もの作りをされている方って、どこの業界でも得てして職人気質というか、経験に裏打ちされたこだわりやプライドを持たれていることが多い。そういう方たちの意識改革はなかなか難しいと思うんですが、その辺りはいかがでしたか。

永野:もちろん、改善に取り組んですぐに上手くいったわけではありません。「やって、戻って」を繰り返しながら、手を止めることなく続けていきました。(続けないと)会社に未来はないと思ったからです。当時は今より社員の平均年齢が高く「10年後、この会社には誰がいるだろう?」と考えたら、ベテランが定年退職を迎えるような状態で、「自分がいる間はもうこのままでいいよ」という考えの社員が多かった。将来、会社を継ぐときに今より悪くなっている状況が想像できて、変えるしかないと思いました。減収続きの赤字体質に陥っている会社ですから、工場に限らず、現状のすべてを否定して変えるしかなかった。

宮島一郎社長

宮島:現在の社長の柔和な印象とは裏腹に、厳しく過酷な道を歩まれてきたんですね。

永野:経験を重ねて、あの頃はなかったプライドがあったり、見えていなかったことが見えているので、今同じことをやれって言われたら、しんどいし嫌だなと思いますけどね。入社当時、後ろを振り返っても自分の歩んできた道にはまだ何もなくて、そうすると前を向いた先、未来が明るいかどうかなんですよ。それは今の私にとっても最大のモチベーションになっていて、やはり未来が明るくないと、がんばって今日を生きようと思えないですから。

宮島:減収・赤字を脱するまでの間に、会社を継がないという選択肢が胸中に浮かぶことはありませんでしたか。

永野:会社がどんな状態であれ、存在する限りは私が跡を継ぐことは決定事項で、幼少の頃から「おじいちゃんが作った会社だから自分が守っていかなきゃ」という思いがありました。父との年齢差を考えたら大体いつ頃社長になるだろう、ならなきゃいけないことも見えていたわけで、入社当時の状況で会社を継ぐ未来を考えたら、正直怖くて仕方なかったです。でも、そこから逃げる・諦めることはしたくなかった。怖いからこそ立ち向かっていったというか。若い時分だからできたことかもしれませんが。

創業150年を目指すための「ナガノマインド」

宮島:御社が標榜されている「ナガノマインド」についてお聞かせください。企業理念とは異なるものとのことですが。

永野:ナガノマインドは、我が社の行動理念を示すものです。それとは別に創業当時から掲げている経営理念に「和 感謝と奉仕」があります。私自身、経営理念を理解できるようになるのに実は10年くらいかかりました。いろいろな経験を積んでこないと、本当の意味で感謝の気持ちを持ったり、奉仕の行動をとることは難しい。それなりに人生揉まれてこないと容易に体得できることじゃないんですよね。
言葉だけで訴えかけても若手社員たちには理解されず、だからといって自分のように理解するのに10年かけるのもよくない。もっと早くに理解してもらえるならそうしようという思いもあり、今から3年ほど前に作ったのがナガノマインドです。

ナガノインテリアの基礎知識①
ナガノインテリア作業着

ナガノマインド:創業当時からの経営理念「和 感謝と奉仕」の意義を、より分かりやすい共通認識とするために作られたナガノインテリアの行動理念。
「私たちの家具づくりは、一人ではできない、一つとして欠くことのできない工程を担ってくれるプロの職人を育成し、妥協のない最高の品質を追求して、それに関わる全てのヒト(社員・お客様)と喜びを共有できる仕事にしていきます」

宮島:現時点の御社で、経営理念およびナガノマインドはどの程度実現・実践がなされていますか。

永野:実現に向けて動いていると言った方がいいですかね。点数で言うと15点くらい。

宮島:それはだいぶご謙遜されていませんか。

永野:いえいえ。3年前に始めたものにそんな簡単に結果は出ませんから。我が社の赤字体質を黒字体質に変えるのに7~8年かかっています。社内的に何か変化をもたらすのに3年、それが社外や世間の方たちに認識してもらえるには最短でも5年はかかりますよ。新たな行動をし始めて3年、まだ芽が出るような段階ではありませんが、0点と言ってしまうと会社の今を全否定することになってしまうので、15点です。

宮島:シビアな採点ですね。

永野貴啓社長

永野:3年前より良い会社になっていますし、こういったものに終わりはないと思っています。100点と言えるようになったら、その時はもう引退した方がいいんじゃないですか。我が社は2020年で創業74年ですが、私の代で創業100年まで会社を存続させる自信は100%あります。いざその時に「ナガノインテリアさんって創業150年くらいまでは大丈夫そうですよね」というようなことを前向きに言っていただけることが私の社長業のゴールだと思ってるんですよ。

宮島:100年目をただ迎えるのではなく、さらに50年先を目指すと。素晴らしいですね。

永野:自分もまだ若いですから、創業100年なら自分自身ががんばれば何とかなりますけど「150年まで大丈夫だね」と言われるには、その時会社の中心にいるのは自分ではいけない。今いる幹部社員でも、弟の副社長でもない。26年後には、せいぜい今の20代か、入社前のさらに若い世代が育っていなきゃいけないわけです。その大前提として、今いる現役バリバリの世代が育っていなかったら若者が育つはずがない。だから、26年後を見据える前に、私を含め今いる社員がきちんと成長するような組織にしないと、自分が思い描くゴールは迎えられないなと感じています。

永野社長推薦のナガノインテリアの家具

宮島:永野社長おすすめのナガノインテリアの家具をいくつかご紹介ください。

永野:ロングセラーという点ではソファの「LAND LC616/617」。2003年デビューで、カタログ掲載商品としては最年長です。最近人気の商品は、座面の奥行が2種類あるソファ「REAL LC034」ですね。今後推していきたいものはチェアの「DC352/354」。クラフトと生産性の融合に挑戦したナガノインテリアらしい商品です。オーダー・カスタイマイズができる、選べる楽しさも備えています。

REAL LAND/(左)LC616 (右)LC617

天然無垢材を贅沢に使用したソファ。ゆったりと体全体が包み込まれるような座り心地で、さまざまなシートポジションが得られる。LC616はカバーが掛け替えられるカバーリングタイプ。
LC616[ソファ]1人掛・2人掛・2.5人掛・3人掛
LC617[ソファ]2人掛・2.5人掛・3人掛[カウチ]S・M・W

friendly!!/(左)LC034-D85 (右)LC034-D95

ソファタイプとカウチタイプの二種類を自由に組み合わせ、自分の部屋に合ったスタイルを作ることができる。カウチソファは向きを選ばないデザインで模様替えの際も安心。LC034-D95は、LC034の奥行95センチタイプ。フォルムはそのままに座面を10センチ深く設定し、よりゆとりのある座り心地を実現。
LC034-D85[ソファ]1人掛・2人掛・2.5人掛・3人掛・4人掛[カウチ]W80・W90
LC034-D95[ソファ]1人掛・2人掛・2.5人掛・3人掛・4人掛[カウチ]W80・W90[腰クッション]2P・2.5P・3P・4P

(左)ICHIMARU DC352 (右)REAL DC354

新作のダイニングチェア。出入りがしやすい短めのアームをテーブルの天板にかけることで、テーブル下の掃除がスムーズになる。さらにDC352はイスを重ねる「スタッキング」も可能。両イスとも座面の高さオーダーに対応しており、DC352は41~45、DC354は38~47センチの間で1センチピッチで注文できる。

宮島:ブランディングの手法、また将来の事業展開におけるビジョンをお聞かせください。

永野:入社当時、友人から「ナガノの家具はダサイ」と言われたことがあるんです。その評価を何とか覆さないと自分の人生に誇りを持てないというところから、私の家具人生は始まりました。やがて評価をもらう対象が友人からお取引先、お客様に変わり、今は世間(が評価者)。世間という言葉を強く意識して「世間に届く会社に成長する」ビジョンを描いています。
20代の頃、東京の山手線圏内にナガノインテリアの家具が見られるショールームがないことに違和感がありましたし、本社のある福岡県でも、ナガノインテリアが福岡の家具として認知されるのって実は非常にハードルが高いんです。それほどに家具産地・大川のブランド力は強く、そこから50キロ離れた朝倉でやっていくハンデというか、歯がゆさも経験してきました。
家具に限らず商売は、世間に受け入れられてなんぼです。我が社はメーカーですから、当然良いもの作りがベースになります。しかしそれがお客様、世間に情報として届かなかったら購入していただけない、会社として存続できないわけで、やはり情報発信の方法が非常に重要だと感じています。その拠点が、ここ横浜をはじめとするショールームですし、昨今展開しているSOLIDの事業にも全部繋がってくるんです。

ナガノインテリアの基礎知識②

SOLID ソリッド:ナガノインテリアと富山県のインテリアショップ・ミヤモト家具の共同開発プロジェクトによって誕生した家具ブランド。無垢材・自然素材にこだわり、経年変化を楽しむ「未来のヴィンテージ家具」をコンセプトに、インダストリアル・モダンなデザインのテーブルやソファ、テレビボードなどを製造・販売。
メーカーが製造、小売店が販売を画一的に担うのではなく、双方のスタッフが製品開発・販売それぞれの意見を出し合う運営スタイルで、富山・福岡・金沢・名古屋・大阪(※2020年2月下旬オープン)に加え、パートナーショップとして広島・岐阜に実店舗「SOLID FURNITURE STORE」を構えている。

永野:今や自社で箱を作り、人を雇用しなくともモノを流通させられる時代です。それはつまり固定費が減り、より少ない粗利でもビジネスとして成立するということです。日本が人口増加社会だったら、販路を選定・限定してやっていくこともできたでしょうが、現実は人口減少社会でお客様の数は減っている。そんな状況で会社を維持・成長させるにはより多くの販路を確保しなければなりません。とりわけ、最新のインフラを使ったビジネスモデルを持つ企業が生き残っていくでしょう。

宮島:SOLID FURNITURE STOREや、御社直営ショップのWOODLANDも新たな販路の一例というわけですね。しかし「メーカー直営ショップ=他店より安く販売しているかも」と期待する消費者心理が働きそうですが、その辺りはいかがですか。

ショップWOODLAND

本社1Fの元倉庫を改装し、モノづくり体験型のライフスタイルショップ「WOODLAND by LIVING HOUSE」を2016年にオープン。

永野:確かにありますね。ただ正直な話、直販でナガノインテリアの商品はSOLIDでもWOODLANDでも1%も値引きしていません。価格に対して嘘をつかないことは、メーカーがメーカーであるための条件だと思っていますので。
宮島さんがおっしゃるようなお客様は、販売店をいくつか回られていることが多いので、うちのお店を候補から外すか、(値引きがないことを)理解したうえでご来店されるので、お互い裏切られるような結果にはならないんですよ。

宮島:御社のお店で家具を購入されるお客様は「そのお店で買う」ことに価値を見出していらっしゃるんですね。いわゆる「モノを買うのではなく事柄を買う」。ブランド力がないとできないことです。

永野:ありがたいことです。開始から3年以上経ちまして、直売部門と言えるくらいの売上・従業員規模になりました。とはいえ、目的はあくまで「世間に届く会社に成長する」ことにあります。既存のやり方・ルートに固執していたら間違いなく先細り、我が社のビジョンは達成できません。インターネットが普及して自ら情報発信できる環境があるわけで、それを活用しない手はない。そのためのSOLID、WOODLANDなんです。やっていることは直販かもしれませんが、決して売上を上げるだとか、利益を上げるためではないんです。結果はもちろん重要ですけどね。

自分自身に期待しよう――若い世代へ永野社長からエール

宮島:創業150年に向けて、どのような企業カルチャーを育んでいこうとお考えですか。

永野・宮島 両社長

永野:会社が顧客志向であること。そして社員が誇りを持って仕事ができる会社であること。社長をやってきた10年で「会社の業績がいいこと」と「社員の幸福」が必ずしも連動するわけではないことが反省材料にもなっています。ナガノインテリアという会社の中で人生の大きな割合の時間を過ごす以上、人間的に成長して、物心両面で豊かになってもらいたい。全社員が目的意識と仲間意識を共有できるようになれば、もの作りにもそれが表れて、お客様に満足いただける家具をご提供できると思っています。

宮島:それでは最後に、これから社会人になる若い世代に向けてひと言お願いします。

永野:まずは自分自身に期待しましょう。自分に期待し、自分に向き合い、自分に正直に生きる。そうすることで周囲の仲間と妥協・同調とは違う協調性が生まれ、よい仕事ができるようになる。協調性が周囲に対する感謝と奉仕の心を育み、よりよい仕事ができるようになる。よい仕事がよい会社をつくり、立派な仕事人になり、仕事と人生に満足できる。そんな循環を体験できる人生・生き方を送れるようになることを望みます。

社長と握手

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